gladdesign*tumblr

by http://gladdesign.net
Thu Nov 5

通常、天皇陛下や総理、国賓のクルマが道を走るとき、道路のすべての信号は手品のように「青色」になります。隣接する道路はすべて「赤」。

その手品の使い手は警察です。公務に支障が起きないようにするためです。

過去には、ある総理が公邸を使わずに、東京の主要幹線道路を横断する通勤を毎朝していたため、大渋滞になってしまったこともありました。

小泉総理は、仮公邸(五反田)、公邸(官邸横)を使っていたことに加え、外遊に向かうとき以外は「手品」を使わないようにしました。その点、国民生活に配慮したのです。

ただし外遊先での案件がスムーズに行くよう「験担ぎ(げんかつぎ)」の意味も込めて、羽田空港へ行くときだけは、慣例通り「手品」を使いました。ですので、官邸からの外遊は文字通りの直行となるわけです。

総理が使う政府専用機の解剖図 | 社長の仕事術 (via otsune) (via send) (via jinon) (via lilys)

通勤など大人の間で自転車がブームだ。「エコ」「健康」「経済的」が追い風。だが、乗り方の基本ルールさえ知らないような危ない疾走も目にする。「走る凶器」にならないために、紙上安全教室を-。 (飯田克志)

 「最近、自転車のルールを分かっていない人が増えた。特にひどいのが信号無視。車が来なければ行ってしまう。歩行者の延長線で乗っている」

 東京都内で自転車通勤を十数年続ける「ツーキニスト」の疋田智さん(42)は目に余るルール違反やマナーの悪さにこう憤る。

東京新聞:『走る凶器』返上 大人のための自転車安全教室:暮らし(TOKYO Web) (via cycling-ex) (via macforest)
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fukumatsu:


tsuyatsuya:


インサイター:クール・ジャパン幻想

クール・ジャパンというキーワードは、少なくとも欧米のメジャーなマスコミで使用されているのを過去2年で僕は見たことが無い(見たことある人は教えてください)。二年前の四ヶ月のニューヨーク滞在で感じたのは、日本がクールだということよりもむしろアメリカでの中国人パワー、韓国人パワーだ。マンハッタンのサムソンのショールームはソニーのそれより格段に出来がいいし、寿司屋のオーナーの多くは韓国人や中国人だし、ケータイショップを牛耳っているのも韓国人が多い。チャイナタウンはリトルイタリーを侵食して拡大しつづけているし、韓国人街も凄い賑わいだ。アジア系スポーツ選手としてはイチローやマツイよりもヤオミンのほうが遥かに人気があるというデータも見た。フォードの自動車「エッジ」がアジア系米国人向けに今月から展開し始めた広告に起用されているのは韓国人俳優のアン・ジェウク。「ロスト」に出てくるアジア人も確か韓国人。ちなみにセックスアンドザシティに出てくる日本人ビジネスマンはセクハラをする人として描かれていたりする。

中国パワー、韓国パワーに押されているからこそ、日本がアメリカあるいは世界に対して積極的に自らを「クール」とアピールする意義は確かにある。僕も最近某誌のコラムでクール・ジャパンを擁護した。それでもやはり、BRUTUSの特集を見て本気で日本文化が世界でウケまくっていると信じてウットリしてしまうのは、感覚が内向き過ぎると思う。真実一郎

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fukumatsu:

tsuyatsuya:

インサイター:クール・ジャパン幻想

クール・ジャパンというキーワードは、少なくとも欧米のメジャーなマスコミで使用されているのを過去2年で僕は見たことが無い(見たことある人は教えてください)。二年前の四ヶ月のニューヨーク滞在で感じたのは、日本がクールだということよりもむしろアメリカでの中国人パワー、韓国人パワーだ。マンハッタンのサムソンのショールームはソニーのそれより格段に出来がいいし、寿司屋のオーナーの多くは韓国人や中国人だし、ケータイショップを牛耳っているのも韓国人が多い。チャイナタウンはリトルイタリーを侵食して拡大しつづけているし、韓国人街も凄い賑わいだ。アジア系スポーツ選手としてはイチローやマツイよりもヤオミンのほうが遥かに人気があるというデータも見た。フォードの自動車「エッジ」がアジア系米国人向けに今月から展開し始めた広告に起用されているのは韓国人俳優のアン・ジェウク。「ロスト」に出てくるアジア人も確か韓国人。ちなみにセックスアンドザシティに出てくる日本人ビジネスマンはセクハラをする人として描かれていたりする。

中国パワー、韓国パワーに押されているからこそ、日本がアメリカあるいは世界に対して積極的に自らを「クール」とアピールする意義は確かにある。僕も最近某誌のコラムでクール・ジャパンを擁護した。それでもやはり、BRUTUSの特集を見て本気で日本文化が世界でウケまくっていると信じてウットリしてしまうのは、感覚が内向き過ぎると思う。真実一郎

しかし私が申し上げたいのは「本来生活を豊かにするための住まいを、投資効果だけで判断するのは本末転倒である」ということです。
「田舎暮らしが好きだけど、都心で購入した方がキャピタルゲインを狙えるから都心を買う」みたいな行動は、「家賃を支払うのは無駄だからマンション購入」と同じくらい愚かです。

新築マンション購入と賃貸(50年後の場合) - 不動産屋のラノベ読み

住まいの話をしてるのに、住む事について書いてる記事が少なすぎる(今も数年前も)。「住みたい家に住む」って思ったら Priceless だと思うんだけど、だったらそもそも損得勘定できないと思うけど。

id:Lhankor_Mhyさんはその辺分かった上で、損得のシミュレーションをされてるんですよね。だからこそ、すごい説得力ある。

(via yager)
ギリシア人は愛をエロス、フィリア、アガペーの3つの形に区別した。ローマ人は結婚の形式を調停結婚、自発的結婚、ファール共祭式結婚、略奪の4つに分けていた。 情報考学 Passion For The Future (via reretlet) (via lilys)

よく、デザインを基礎から勉強するにはどんな本を読めばいいですか?という
質問を見たり、受けたりするのですが、
本当はこの質問の仕方では片手落ちなのです。

いや「基礎」といっているじゃないか?と思われるかも知れませんが
実は、人によって「基礎」の捉え方が違ったりするのです。

最近その「デザインの基礎」の本を二冊読みました。
一冊は「ノンデザイナーズ・デザインブック」 ロビン・ウィリアムス著
もう一冊は「みんなの生きるをデザインしよう」 菊地信義著

http://tinyurl.com/2co9jq

上段の二冊です。

対照的な二冊でした。
意識して選んだわけではないのですが、「ノンデザイナーズブック」の方は
ネット上でよく推薦されているので、一度読んでみようと思い注文したもの。
「みんなの生きるをデザインしよう」は新聞の書評と本屋の店頭で見たもの。
目にした経緯は違うのですが、どちらも気になったので読んでみたのでした。

どちらも「デザインの基礎」について書かれた本なので、
(「みんなの生きるを~」は、そのつもりはないのかもしれませんが‥)
どちらも「基礎」には違いないのですが、その意味が全く別なのでした。

ここで、
たとえ話です。

あなたは、カレーの作り方が知りたいとします。
テキストAには、
1.肉、野菜を等サイズに切る。
2.肉をいためてから野菜を炒める。
3.水をヒタヒタに入れて、コトコト煮る。
4・カレールーを入れる
という手順が詳しく書かれています。
そこには、野菜切り方や、油のひき方、包丁の使い方まで解説されています。
ひとまずこの本を読めば、カレーは出来上がります。

テキストBには、
カレーを作る手順は明快に書かれていません。
しかし、なぜ肉、野菜を等サイズに切らないといけないのか?
なぜ、 肉をいためてから野菜を炒めるのか?
という「なぜ」については学べます。
でも、このテキストを読んで、すぐカレーを作れるかどうかはちょっと怪しい。。。

何のたとえだったかというと、
このテキストAが、「ノンデザイナーズ・デザインブック」で、
テキストBが「みんなの生きるをデザインしよう」だったのです。

一回で、両方紹介すると長くなるので
今回はまず、「ノンデザイナーズ・デザインブック」だけを紹介します。

この本は、本当に(変な言い方ですが)デザインをしたことがない人向けの本です。
業務で社内報を作らなければならない人や、町内会の案内を任された人、
デザインやタイポグラフィーの学習に時間とお金をかけられない、けれど
作るものは見栄え良いものが欲しい人向け‥と書かれています。
だからといって、デザインを生業にする人にはこれでは‥
という事はありません。

実際に読んでみると、
キャリアのあるデザイナーであれば、経験則で知っていることが
わかりやすく書かれています。

それは、キャリアのあるデザイナーが知っていて、毎日それを駆使して
デザインをしているにも関わらず、
うまく人に教えることができない感覚的な部分でもあります。

主に、文字の種類や特徴、扱い方とそのレイアウトについて書かれていて、
これらはデザインの基礎でもあります。だから、これを新人のデザイナーが読むことは
大いに意義があると思いますし、二、三年がむしゃらにやってきた元新人が読めば
さらに効果的かもしれません。

この本の特徴は、同じ要素で「良い例」「悪い例」が丁寧に掲載されているので
読めば(見れば)わかるというところでしょう。
とても実践向けです。
すぐに役に立ちそうです。
だからこそ、ネット上でよく勧められるのでしょう。

そこで、「カレーを作る」たとえ話に戻るのですが。
ともかくこの本を、まじめに実践すれば
おいしいカレーはできます。

しかし味は、人に食べさせるレベルには達しているけれど
甘口、中辛、辛口ぐらいの幅と
スープカレー系か、とろみカレー系か‥
というバリエーションしかできないように思えます。

決してこの本を貶している訳ではありません。
総じて、実践的な情報やツールはピンポイントか限られた範囲で
効果が出るものなのです。
ですから、バリエーションが効かないというのは
仕方ない事なのです。

それよりも、私が伝えたいのは
「デザインの基礎」を学びたいと思った人が、
この本だけで「デザインの基礎」を得た!勘違いして欲しくない‥
ということなのです。

デザインを学ぶ (デザイナーの仕事)
Wed Nov 4

ずっと喪で人生を過ごしてきた私は、大学でも喪。
キャンパスが田舎にあった事もあり、垢抜けしないボサ喪。
所属していたゼミが、都内にキャンパスがある学部のゼミと共同プロジェクトを組む事になった。
急にリア充組と接する機会が増えたものの、なかなか馴染めず居心地悪かった。
で、そのプロジェクトの学会での研究発表に向けて夏休みも使って作業をする事になったんだけど、
さすがリア充達は忙しくて、出席率が悪い。
そんな中で私は夏休みを一日たりとも休まず出席した。
まあ、バイト料も出るし、弟が受験生で家族旅行とかもなかったから、私としては別に苦痛でも
なんでもなく。
逆にリア充が少ない中、コツコツ作業に没頭できるのは楽しかった。
そして夏休み最後の日、プロジェクトに参加していた外部のフリーランスの人に呼ばれた。
なんだろうと思ったら、図書券が入った封筒を渡された。結構な金額だった。
「他の子や先生には内緒ね」
と言われキョトンとしてたら、
「皆勤賞は君だけだったしね。頑張ってくれたから」
とにっこり。
その人はこのプロジェクトのために雇われた外部の専門職の人で、雇い主側のバイト学生なんかに
こんな事をする必要なんて本当はないはず。
当時はそこまで考えなかったけど、ただただ認めて貰えた事が嬉しかった。
コツコツやっていれば、見てくれてる人もいるんだ、と心を新たにした。

その図書券で買った就活本やSPI問題集のお陰で就職したのが、今の会社。
冴えない戦力で相変わらず喪だけど、考課面談で上司に言われた。
「君は皆が嫌がる事や面倒な仕事を、文句一つ言わずに頑張る。そこを高く評価したい」
と、同期の中で一番早く昇級させてくれた。
今度は泣きそうになった。

地味喪だけど、コツコツ頑張っていれば、どこかで見ていてくれる人がいる・・・
というか見てくれる人に恵まれて幸せです。
これからも頑張ろうと思う。

どこかで見ていてくれる  続・妄想的日常

TSUTAYAの入り口にて
小さな女の子と若い母親がいて、ぐずる我が子を招き帰ろうとする母親
女の子は声こそ出していないものの、涙で顔ぐしゃぐしゃwで、ひっくひっく言ってる
するとそこへ水野真紀風のキレイめお姉さん入店

お母さん「さなー、ほら、おいでー」
女の子「ずびっ、ぐしゅ、うぇっうぇ…ぶびっ」
お姉さん「おっ!お嬢ちゃん泣いてるねぇ!(と、女の子の頭に手を置く)」
女の子「!?(゜д゜)」
お姉さん「今お外行くと良いもの見られるよ!」
と言ってお姉さんはお母さんに会釈して文庫コーナーの方へ
見知らぬ人間の登場にすっかり泣き止んだ我が子の手を引き、
お母さんは「なんだろーねぇ」って言いつつ外へ
雑誌コーナー(入り口の真横)にいた自分も妙に気になりそそくさと後を追う
するとまぁ空に見事な虹がかかっていた
駐車場では女の子よりお母さんがはしゃいでいた

今お外行くと     続・妄想的日常

何年か前、俺の親戚の叔父家族がやってるコンビニにも
客が居るときに強盗入ったことがある。ちょうど叔父がレジ番やってた時。

買い物を精算するふりをして、果物ナイフを向けられたらしいんだが、
叔父はすぐそばに新聞紙を筒状に丸めて、ガムテープでグルグル巻いて止めたものを
常備してたんで、即座にそれをひっつかんでレジ台を強烈に一発「バンっ!」って叩いて、
»1の人と同じようなことを大声で叫んだらしい。

んで強盗に「んな金あるわけねぇ!」と威嚇してる流れで、
いかに自分たちフランチャイズ・オーナーの取り分が少ないか、
本部に搾取されてるか、いかに自分たち家族が倹約に倹約を重ねて細々と生活しているかを
ぶちまけるというか愚痴が入り出したら、叔父は涙ながらになっちゃって、
最後は強盗に遭った恐怖とかどうでもよくなって、
厳しいコンビニオーナーの生活がこんなに苦しいのに、さらに強盗かよみたいな状況に
情けなくなって号泣。

犯人も生活苦だったらしく、もらい泣きしながら「申しわけありません」と深謝して、叔父に頼んで
警察呼んでもらったそうな。
犯人逮捕まで店内に居た人たちも事情聴取とかされたそうだけど、叔父の話を聞いたことで、
みんな結構大量に買い物をしてくれたらしい。

犯人のほうはとりあえず未遂ってことと自首と同じってことと、何の縁か叔父が所轄の担当さんに
何度か電話したり手紙で
「彼は立ち直れるから、刑務所には送らないでやってくれ」って頼んであげたこともあってか、
犯人は執行猶予と保護観察付きの判決もらって社会復帰。
釈放の足で叔父の店にやってきて深々と謝罪し、担当さんから聞かされた叔父の嘆願のことに
感謝したそうな。

叔父は、その元犯人にうちでバイトしないかって声かけたけど、かれは感謝した上で断って、
自力で更生するって約束して実家のほうに身を寄せたらしい。
で、何年かして彼がまた叔父を「私のこと覚えてますか?」と訪ねてきた。
郷里で小さいカレー屋だかを起こして、なんとかやってるらしい。
今でも彼から毎年、歳暮中元と年賀状は届くそうだ。
叔父の家族では、「こんなことって本当にあるんだねぇ」って、今でも話すらしい。

以上、まるで「深イイ話し」みたいに出来すぎた話しだけど、ぜんぶ俺が今日作った創作話しです。

コンビニ強盗   続・妄想的日常

創作かよwwwww!!!

言葉が遅めの3歳半息子を保育園に入れ、働き始め3ヶ月…
仕事に疲れ一緒にお風呂からあがって着替えようとした時の事、ふいに息子が一言。
『ママ、お洗濯有難う!ご飯有難う!お仕事有難う!』
こちらこそ、そんな思いやりの言葉を有難う。
有難う!   続・妄想的日常

790 名前:スペースNo.な-74[sage] 投稿日:2009/11/02(月) 03:48:00
米国の4歳の女の子が愛犬の死を受けて、神様に手紙を送ったという話が米ニュースサイトの
ニュースバインで紹介された。
このエピソードは、女の子の母親から送られてきたメールを見た記者が「伝えずにはいられない」
と思い、紹介したもの。
それによると、この母親の家ではアビーという14歳になるメス犬を飼っていたが、
先月、病気で亡くなってしまったそうだ。
ずっと一緒に生活を送っていた4歳の娘メレディスちゃんは涙を流し、「どんなに寂しいか」を
母親に訴えていたという。

そして、アビーへの愛情を忘れられないメレディスちゃんは、母親にこんなことを言った。
「神様に手紙を書いたら、アビーが天国に着いたとき、神様はちゃんと『アビーだ』って
わかってくれるかな」。
母親はメレディスちゃんが話す言葉を書き留め、手紙をしたためた。

その中身は「神様、アビーがいなくなり、とても寂しいです。
どうか天国でアビーと遊んであげてください。 アビーはボール遊びと泳ぐのが好きです。
神様がアビーを見つけたとき、すぐに私の犬だと分かるように、 写真を送ります」という内容。
幼いメレディスちゃんの精一杯の愛情が込められた手紙だ。

手紙と写真を入れた封筒には「天国の神様」とあて名が書かれ、ポストに投函された。


791 名前:スペースNo.な-74[sage] 投稿日:2009/11/02(月) 03:50:22
手紙が届いたか心配する娘に、母親は「きっと届いたよ」と励ましていたそう。

すると10月27日、家の玄関前に金の紙で包まれた「メレディスへ」という小包が置かれていた。
中には「ペットが死んだ時」という本。
そして、そこには“神様からの手紙”が添えられていた。

「親愛なるメレディス。アビーは天国につきました。写真が入っていたので、
すぐにアビーと分かりましたよ。 もうアビーは病気ではありません。
アビーはあなたと居るのが好きでした。
天国では体を必要としないので、 写真を入れておくポケットがありません。
だから、あなたがアビーを思い出せるように、この本と一緒に写真を返します。
素晴らしい手紙をありがとう。それから、手紙を書くのを手伝ってくれたお母さんに
お礼を言ってください」

ニュースバインの記事の最後は
「誰が答えたかは分かっていません。でも、米国郵便公社の配達できない手紙を扱う部署には、
 美しい魂があります」
と結ばれている。

793 名前:スペースNo.な-74[sage] 投稿日:2009/11/02(月) 10:51:08
1955年にコロラド州のデパートが「サンタのホットライン」というサービスを行う新聞広告を出した。
ところが、電話番号を間違えて掲載、その電話番号がなんと米空軍ピーターソン基地の番号。
続々と子供たちからかかってくる電話に状況を察したハリー・シャウプ大佐、
「レーダーで追跡したところ、サンタクロースは北極から南下した形跡がみとめられる」
と答える様に指示。

以降、毎年クリスマスシーズンになると、米国国防総省はHP上でサンタクロース追跡状況を
実況しています。

という話を思い出した。

神様からの手紙  続・妄想的日常

なんていい話!

こういうことがさらっとできる大人になりたいね!

人間性とウィニーと手みやげのはなし


人間性で商売が決まる事

かつて若い頃聞かされた話。

お客が買うかどうかの最後の判断は、
売っている人の人間性に拠るんだ。
だから、スキルとか能力以前に人間性を磨かなきゃダメなんだ…
という意見。

私はどうにも納得できなかった。

スキルや資格があった方が仕事ができると思ったし、
人間性を磨くなんて、どこでできるんだ?
第一どんな尺度で人間性を計るんだ?
そんな不明朗なもの頼りにしているから、
売り上げが上がっても、下がっても原因がわからないんだ!
と、思っていた。

そしてそれ以上に、
「人間性だけで仕事取れるって…なんだかずるい」
と感じていた。

あれから数十年経って、
世の中は過去の時代より、もう少し実質的になったような気がする。
「あの人で問題なかったし、またあの人に頼むか…」的な発注が
ずいぶん減ったと思う。

もちろんその分競争が過当になっているし、
仕事を得るために必要なスキルだって増えている。
知識だ、ツールだ、情報だなどといろんな武器を身につけて、
仕事を獲得しに行くのだけど、敵はそれ以上に武装するのだから
実際、厳しいといえば厳しい。

私は営業ではないので、最前線から一歩引いたところに位置しているのだけど、
そんな今時ふと過去の話を思い出すのだ。

お客が買うかどうかの最後の判断は、
売っている人の人間性に拠るんだ。
だから、スキルとか能力以前に人間性を磨かなきゃダメなんだ…と。

ウィニーの判決の事

ちょっと前の話になってしまうのですが、ウィニーの開発についての
判決がでましたね。
ウィニー自体は使った事がないので評価はできないのだけれど、
このアプリの存在は悩ましいものだと思う。
技術革新の面からすると、有罪とするのは問題があると思えるし、
著作権保護の面からすると、無罪はないだろうと思える。

しかし、原爆と同じくウィニーは生まれるべくして生まれた…
と思う。
被告が開発しなくとも、誰かが開発していただろう。。

そして、著作権を持つモノを、作る立場の末席を汚す者としては、
自分が価値を認めたモノには対価を払うべきだと思っている。
つまり、自分が「良い」とか「凄い」とか感じた作品や作者には
きっちりお金を払って見たり、得たりするべきだと思っている。

といいながら、そそくさと古本屋へ向かう自分を俯瞰する。。
とても無責任な言い方で申し訳ないのだけれど
ここに、今の世の中が詰まってるような気がする。

手みやげの事

その会社の制作体制にもよると思うのだけど、
「新規得意先へ行くから、デザイン一新したもの作って」という
オーダーがしばしばある。

つまり、得意先へ営業へ行くからなんか手みやげが欲しいのだ。

このオーダーは本当にデザインと、デザイナーをバカにしている。
「イメージなんて別に意味はないんだから、思いついたもの作りゃいいのさ」
という意識が丸見えで、つまりは小学生が好き放題勝手に描いたモノと、
曲がりなりにもお足(デザイン料)を頂くデザインを同列に考えているのだ。
(小学生に失礼な気もするが…笑)

これについて、私は以前に爆怒りしたので、
私の勤める所では、おおっぴらにはオーダーされなくなった。
ま、といっても単に地下に潜っただけで実際は暗躍しているようなのだが。

そして、
こういう仕事は、だいたい若手デザイナーに振られる可能性が高い。
なぜなら、「自分のデザインを試すチャンスだ!」という甘い誘惑的な
声がついて回るからなのだ。

オーダーする側の作戦としては、
いつもは下働きばかりで、自分の仕事が外へ出るチャンスがない…
いつかはオレだって、一線へでてやるんだ!という若手の心理を狙った、
狡猾な作戦なのだ。
その上…
その声は、オーダーする側よりも内なる自分の声の方が大きかったりする。

そして、実際にできた「仕事」は、
所詮手みやげ以上になりはしないのだ。

そんな現状を見るたびに
私は、なんだか深く暗い穴をのぞいたような気分になる。
ま、それも修行のうちか…

明日もデザイナーを続ける人々に・ふつうのデザイン
Followerが4ケタを越えた途端に急にはしゃぎ始め「元初心者がTwitterの使い方について語ってみるよ」とか「最近のTwitterはつまらなくなった」等と言い出す病気に名前が必要 Twitter / ls@usada (via rpm99) (via otsune) (via kogure)
Amebaなうは、一から自社で開発している。何が便利であり、どうすれば利用者にとって使いやすいサービスになるかを精査した結果、ツイッターとあまり変わらないサービスになってきた。

想定通りブログで稼げる会社になった:ITpro

mjd

(via kogure)

目の前にツイッターがあって、作ったものが偶然そっくりだったってあり得ないでしょ。ブログで囲った芸能人をツイッターに行かせないための「Amebaなう」でしょ。つか「なう」って使ってる時点で、ねえ。

(via samuri)

アメリカの新聞社の幹部たちは、「グーグルなど ネット企業は自分たちのコンテンツにただ乗りして儲けている」と恨み節を漏らし、秘密会議を開いて、有料課金を検討している。次々回あたりで詳しく書くつ もりだが、やると決まれば早ければ今年中、遅くても来年には課金を始めたいらしい。
しかし、「料金の壁」をへたに作ればアクセスが激減してしまう。アクセス数の減少による広告収入のマイナスと課金による収益増のどちらが大きいか判断できず、なかなか結論が出ないようだ。

グーグルは新聞陣営からの批判に対して、自分たちは新聞サイトにも膨大な利用者を送り込み、広告収入の増大に貢献していると反論している。とはいえアメリカの新聞社が倒産したり、発行できなくなったりしているのはまぎれもない事実だ。

こうした状況をまえにしてシュミットCEOは、自分たちが利用できる有力なコンテンツが減ってしまうことを懸念しているのだそうだ。
なぜそんな心配をするのかと言えば、グーグルは自分たちのビジネスのために、ほかの会社が作り出す情報を必要としているからで、「新しいビジネスモデル で再びお金を得ることができるようになる前に、デジタル世界の無料のビジネスモデルが収入を奪ってしまえば、みんな滅びてしまう」。アンダーソンは、シュ ミットの懸念をこう説明している。
もちろん新聞社が情報発信しなくても、コンテンツはあふれている。

 「しかし、低コストの利用者が生み出す超ローカルな情報ではまだ補えない。いつかは穴を埋めることができるかもしれないが、まだそうはなっていない。ということは、グーグルがインデックスできるローカル・ニュースが減ってしまうということだ」。

 無料のビジネスモデルのすばらしさを語る本の中で、無料ビジネスがもたらす災厄を書きしるさなければならないというのは何とも皮肉な話だ。

「新聞崩壊」を懸念するグーグル - 歌田明弘の「地球村の事件簿」maglog版 (via syoichi)